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6月7日
午後モノレールの駅で車に同乗させてもらって京都鷹峯東急ハーベストに。
参加は23人。
昨年は有馬に、そして今年は京都とお泊り有志同窓会。

2時集合で近くを散策。
京都にはよく来ているけれどこのあたりは初めて。

最初は源光庵
源光庵


源光庵は、室町時代に徹翁禅師により臨済宗大徳寺派として創建され、後に江戸初期に曹洞宗の寺院に改められました。江戸初期に建立された本堂には、本尊の釈迦牟尼佛、両脇に阿難尊者、迦葉尊者が祀られています。 そして、本堂には、源光庵を訪れる参拝者のお目当てともなっている「迷いの窓」と「悟りの窓」があります。「迷いの窓」は人生の四苦八苦を、「悟りの窓」は悟りの境地を教えるとされ、窓を通して美しくきりとられた庭園の景色を前に、しばし自問自答をしたくなることでしょう。


源光庵2
おおJRのポスターで見たことある景色が
ここだったんだ!
昨日雨が降って緑もしっとり。

そして光悦寺に。
光悦は、洛北鷹峯に芸術村(光悦村)を築いたことでも知られる。元和元年(1615年)、光悦は、徳川家康から鷹峯の地を拝領し、本阿弥一族や町衆、職人などの法華宗徒仲間を率いて移住した。王朝文化を尊重し、後水尾天皇の庇護の下、朝廷ともつながりの深かった光悦を都から遠ざけようというのが、家康の真の意図だったとも言われるが定かではない。光悦の死後、光悦の屋敷は日蓮宗の寺(光悦寺)となっている。光悦の墓地も光悦寺にある。(ウイキペディアより)

光悦寺
本阿弥光悦の工芸集落だったところ。

光悦寺2
長いアプローチにも風情が

光悦寺3
光悦垣と呼ばれる竹垣

本阿弥 光悦(ほんあみ こうえつ、永禄元年(1558年) - 寛永14年2月3日(1637年2月27日))は、江戸時代初期の書家、陶芸家、芸術家。書は寛永の三筆の一人と称され、その書流は光悦流の祖と仰がれる。

光悦といえば
舟橋蒔絵硯箱(ふなばしまきえすずりばこ)
舟橋蒔絵硯箱(ふなばしまきえすずりばこ)(写真 東京国立博物館)しか思い出さない私。
なんと多芸多才な方だったんだ。

そして温泉に入って隣接のしょうざんリゾート京都の中華レストラン「楼蘭」で食事。
さらに部屋で恒例の2次会。
わたしは早々と引き上げ就寝。





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2018.06.07 / Top↑

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