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母の非常用リュック

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1月22日
姑宅同様
母のところでも気が付く限り気になるところはお片づけ。
妹と二人して手分けして。
母も姑同様捨てたくない症候群なので
前回処分すると片づけたはずの衣類は考慮中のタグが付けられ物置に放置されたまま。

何とコクヨの便箋は30冊ほども在庫が。
短歌を趣味にして
思いつくままを書きなぐるノートみたいなものだけど
そこここに買い置きの便箋が何と山のよう。
実際手紙も手書きでマメによく書くし、
短歌の走り書きもあちこちに確かにあるので
いちがいに責められはしないけれど
それでも多すぎるでしょう。
すると急に認知症のようにボケをかまして
「そんなにあったの?」
「全然覚えてないのよ」などと。

覚えてない極め付きは物置にあった非常用リュック。
1回も使わず、これからも使わないと思われる
リュクを捨てようとすると
それは非常用品を入れて持ち出し袋にするから捨てないで!
だってもう作ったのがあるじゃないというと
もちろんそれはボケでもなんでもなくて忘れていたのは確実。
何と神戸の震災後に用意したまま20年もたっていた。
非常食品のラーメン、ご飯、缶詰、、、。
下着に運動靴に水。
91になった今ではこれを背おうと動けないでしょうというほど重い。
まあ必要とする日がなくてよかった。

面白かったのがその中に
クラブ化粧品のクリームが入っていたこと。


今だってある懐かしいものだけど、
母が使っていたのは見たことないし
母はポーラ化粧品の信者かと思うほどの愛好者で
すでに20年前ならそれを使っていたはず。
見たことも買った記憶もないクリームはかなり水分は飛んでいるけれど
使えない状態じゃなく、においもそのまま。
ネットで調べたら今も愛好者のいる
超ロングセラー品。

最近やはりロングセラー品のジュジュ化粧品のクリームに人気があると
どこかで読んだけれど


確かに成分も価格も超高級化した化粧品でなくとも
これで十分かもと思わせる安定感。

そんなことに感心ばかりしてられなくて
食品は改めて買い直し、衣類も見直して
整理して空間のできた物置の一番手前にリュクをおいた。

同じく緊急入院用のバッグも
2つあったので整理して一つに。
父の亡くなったあと
一人暮らしで30年。
不安と孤独の中で暮らしてきたからこそのものなので
とても笑うわけにはいかない。
よく頑張っていまも元気でいてくれることに感謝。

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