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メリエンダのティータイム

お茶飲みながら気楽・気軽・気ままにつづる日々雑感。姑99歳を1昨年、母96歳を昨年続けて見送りました。これからは老夫婦の二人暮らし。


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高山宏先生

午前中はNPOの理事会。
午後高山先生の漱石講座。
理事会の帰りに
先日頼んでいた食器棚のガラスを取りに寄って
家で食事をして出かけたので講座は時間ぎりぎり。
前の席は空いてなくて
後ろに座るとよく聞き取れなかった。
マイクを使われないのと
独特の高山節で意外と聞き取りにくい。
そのせいか今日の授業はなんだか少し精彩を欠いた気がしたけど、、。
夢十夜だったけど概略的で次回に山場は持越しって感じ。
帰ってネットで探したら
先生のエッセイに遭遇。
いつも下さるA3のコピーなどにも触れて
高山節全開。
そうそうこの調子がいいんだよね。
まあほとんど理解できはしないんだけど、、、(-"-)

、、、、、
いくつかの大学で教えながら読まずにすませられぬ「基本書」とぼくの信じる本を紹介しつつ、どこにも見つからないという学生諸君の嘆きを聞き通しで、いつもその分をこちらでコピーし、教材ふうに編集して配る癖がついて、この自称「コンポジション」コピー(A3)約五千枚も、怪我の功名というのか、いつの間にかぼくの講演や教場での名物となった。教師一人の一年分の講義がA3コピー表裏の一枚に濃縮されておさまるのである。

 しかし、たとえば今回このブックフェア企画に即イエスと答える理由のひとつとなったマニエリスム現象学哲学者、グスタフ・ルネ・ホッケ著『迷宮としての世界』(1957。邦訳、美術出版社、1966)だが、どうあってもその全体を読み通すのと、一部を適当にコピーで眺め多分アア難シイで終るのとではまるで、読むことの意味がちがってくるのだ。だからホッケの歴史的名著が昨年末から今年年頭にかけて岩波文庫というこれ以上願ってもない形で再び汎く読めるようになるという事態がなければ、いつも本の塊を考える時、ホッケから考え始めるぼくが、このブックフェアにゴーサインを出したとは今も考えにくいのである。

 マニエリスムをこの大変断片化して全てが統括しにくくなった二十一世紀新千年紀劈頭の生きる知識、死なぬ知恵として勉強し、読んだ「ホッケ」教徒一人びとりが日々血肉化していって欲しいと願っての二百点選書である。たとえば今さらながらに「境界越え」をキーワードにしてみた。インタディシプリナリー。冷たい言葉だ。学際という訳語も野暮だ。そうだ、今なお人文のトップランナーたるジョージ・スタイナーに倣って「エクストラテリトリアル」(テリトリーを越えて)で行こう。なんのことはない、新人文学を興作せよというスタイナー流のキーワード、即、マニエリスムの根本定義に他なるまい。マニエリスム(やバロック)を今でも一部芸術史の狭いテーマに跼蹐(きょくせき)させんとする(終りの時代に到底信じがたい愚鈍の)徒輩が多いのは如何したことか。

 ばらばらになっていく世界に直面し絶句したまま枯死していくことのないように、マニエリスムを学の対象とし、知の方法とし、日々を考えさせる具とする情報の入れ方、材料の組み合わせ方を考えよ。ホッケの『絶望と確信』に倣い、「確信」に向う「絶望」の知がたしかに存する、と、ぼくの狭い知識観からさえいえる。今はそれをマニエリスムと呼んでおくというだけのことだ。
、、、、、
いくつかの大学で教えながら読まずにすませられぬ「基本書」とぼくの信じる本を紹介しつつ、どこにも見つからないという学生諸君の嘆きを聞き通しで、いつもその分をこちらでコピーし、教材ふうに編集して配る癖がついて、この自称「コンポジション」コピー(A3)約五千枚も、怪我の功名というのか、いつの間にかぼくの講演や教場での名物となった。教師一人の一年分の講義がA3コピー表裏の一枚に濃縮されておさまるのである。
、、、、、
http://www.kinokuniya.co.jp/20110817200122.html
じんぶんや別邸】 高山宏 選 「知識がアートになってどこが悪い?」 より

高山宏(たかやま・ひろし)さん プロフィール

1947年生まれ。明治大学国際日本学部教授(視覚文化論)。学魔。
著書に、『アリス狩り』(青土社、新版2008)、『ブック・カーニヴァル』(自由国民社、1995)、『高山宏椀飯振舞I エクスタシー』(松柏社、2002)、『近代文化史入門――超英文学講義』(講談社学術文庫、2007)、『超人高山宏のつくりかた』(NTT出版、2007)、『かたち三昧』(羽鳥書店、2009)など多数。訳書に、サイモン・シャーマ『風景と記憶』(栂正行との共訳、河出書房新社、2005)、バーバラ・M・スタフォード『グッド・ルッキング ―― イメージング新世紀へ』(産業図書、2004)/『ヴィジュアル・アナロジー ―― つなぐ技術としての人間意識』(産業図書、2006)/『ボディ・クリティシズム――啓蒙時代のアートと医学における見えざるもののイメージ化』(国書刊行会、2006)/『実体への旅――1760年‐1840年における美術、科学、自然と絵入り旅行記』(産業図書、2008)、最新刊のロザリー・L・コリー『パラドクシア・エピデミカ――ルネサンスにおけるパラドックスの伝統』(白水社、2011)など多数。

全く理解を超えている超絶な先生の講義も残すところあと1回。
来月は最前列で聞くぞ。
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Author : merienda

創造力と想像力で楽しむ暮らし。現在山に夢中。お花大好き。月1回の男の料理会。東京在住。1昨年末99歳の姑を、昨年母(96歳)を自宅で見送りました。金婚式を終えた老夫婦の新しい暮らし始まりました。
写真はカシニョール「おやつの時間」
メリエンダはスペイン語でおやつ(間食)のこと。

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